タレント

志村けんの変なおじさんのアイーン誕生秘話!ダンスは意外と踊れない事実

ドリフターズのメンバーとして一躍世間の人気者になった志村けんさん。

一時期はメディアから遠ざかっていた時期もありましたが、

妖怪ウォッチの映画版で「マスターニャーダ」の声優をつとめ、ドリフを知らない子ども世代にも人気となりました。

現在では志村けんさんの代名詞でもある「アイーン!」の誕生秘話が面白かったのでお伝えしようと思います。

志村けんの変なおじさん


変なおじさんの代表的な流れをまずはおさらいしましょう!

変なおじさんの流れ

「なんだ君は!」
「なんだチミはってか?そうです、私が変なおじさんです」
「変なおじさん~変なおじさん~」
「だっふんだ!」


「あれ?アイーンは?」

って思う方も多いかなと思います。

当時の変なおじさんは「アイーン」がありませんでした!

「変なおじさん」は、『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ)から生まれたギャグです。

放送期間は、1887年から1993年。

30代は子供の頃に観ていたので、覚えている人が多いと思います。

最期の決め台詞だった「だっふんだ」は桂枝雀の落語に出てくる登場人物のくしゃみがこのように聞こえたからだそうです。

変なおじさんのメロディーは、沖縄民謡を参考に作られたそうですよ。

志村けんの変なおじさんのアイーンはなかった!


もともと「怒っちゃヤーヨ」というギャグから派生したものです。

そして、少しだけ腕の角度を下げたものがのちの「アイーン」となります。

ただこの時点では「アイーン」の言葉はありませんでした。

アイーンはセリフではなく当時はポーズだったのです。

現在の変なおじさんが認知されたのは後輩芸人のXXだった!


言葉のないただの「無言アイーン」だったものが現在の「言葉ありのアイーン」に変わった経緯がちゃんとあります。

二人の芸人さんが絡んでいるみたいですよ。

バッファロー吾郎・木村がアイーンと言葉を乗せてポーズを取ります。

それを知った岡村隆さんが「アイーン」をめちゃイケなどで披露したことで全国区に知れ渡りました。

のちにこんな話があります。

岡村さんは志村けんに対して「アイーン」面白いですねと伝えたところ「そんなこと言ってない」となりました。
実際に志村さんが「アイーン!」の掛け声をかけて披露してみると笑いがとれ本家の志村が使用し現在の「アイーン」が完成した。

自分のギャグを引用され、リメイクされていたら場合によっては気分を害する芸人さんもいたと思われます。

志村さんはお笑いをこよなく愛され、紳士な人柄だったと聞きますから後輩芸人が自分のギャグを広めてくれたと思い自由に使用をされたのかなと思います。

志村さんの大御所ならではのエピソードですよね。

若い世代にとって「変なおじさん」は、どんなイメージ?


幅広い世代に愛された芸人・志村けんさんの代表的なキャラクター「変なおじさん」はどんなイメージなのでしょうか?

リアル変なおじさんを見ていた世代と見ていない世代とはギャップがあるのでしょうか?

実際に調査しているものがありました。

「志村けんよりナインティナインの岡村が、よくマネをして踊っているイメージのほうが強い」(20代男性)

たしかに岡村さんは「変なおじさん」のみならず志村けんのギャグを頻繁にまねていましたね。

『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)にて、「変‐1グランプリ」と題して2代目変なおじさんを志村けんが選ぶ企画がおこなわれたほどでした。

岡村隆史さんが志村けんさんを尊敬していたことは番組を通してもわかりますよね。

志村けんの変なおじさんのダンスは意外と踊れない


へんなおじさんの踊りを30代以上は知っているにも関わらずほぼみんな踊れないという事実みたいです。
理由としては

「踊りの時間が短い」
「微妙に毎回違う」
「コントが楽しかったからそこまで注意してみていない」

などでした!

あなたも変なおじさんの踊れますか?

まとめ

日本を代表するお笑い界の重鎮の志村けんさん。

どの命も平等ではありますが芸能界にとって、お茶の間のファンにとって突然志村けんさんがこの世を去ったことへの衝撃は計り知れません。

以前志村さんは「子供が欲しい。子どもがいれば自分が生きた証になる。」とコメントされたことがあります。

ですが、志村さんにも大事に育てたギャグが今も生きています。

それは後輩芸人がこれからも志村さんを思い出しながら使うことで私たちは志村さんを偲ぶことができることでしょう。